あなた方はキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。
コリント信徒への手紙Ⅰ 12章27節
聖書の言葉で、よく知られた箇所はたくさんあります。こども園の子どもたちも、毎月様々な聖句を覚え、先生たちと一緒に、その中に伝えられているイエス様や初期の教会の指導者たちの教えを、一人一人の心の礎としていってくれることを、心より願っています。子どもの心に豊かな土台をというのも共愛学園の願いではありますが、同時にお子さんたちをこども園にお預けくださるご家庭にあっても、小さな心が大切に思うことを、ご一緒に考え、共に大切にしていってくだされば、それは私たちのさらなる喜びです。「みんな違って、みんないい」という金子みすゞさんの詩を連想させる今月の聖書の言葉です。こども園に集まる一人一人が大切なんだというわかりやすい教えです。でも、聖書の記述にはこれに続きがあります。神様はそれぞれに個性を与え、その個性の集まりが対立したり分裂したりすることのないように、「弱く見える部分」をあえて作られたというのです。弱い部分が仲間や、自分の一部にあるからこそ、体は一つでいることができるというのです。「弱さ」があってはならない不必要なものではなく、その弱さを認めたり受け入れたりする時に、人は他者の痛みを理解したり、痛み悲しむ人々による心から寄り添う優しさを身につけることができるのだという、聖書の知恵の言葉だと思います。
子どもたちは園での生活の中でも、次第に社会性を養っています。気のあったお友達、ライバルの出現、意見の食い違い、そんなことを体験しながら成長していくわけですが、そうした体験の中で、自分と違ったり、仲間に入れないでいるようなお友達のことを気遣う優しさも身につけてくれることを願います。聖書の言葉を、つまり弱い部分こそ大切なんだなんてことは、子どもたちにはまだ抽象的すぎて理解することは難しいと思いますが、だからこそ、ご家庭でも、子どもたちと一緒に、大切にしていかなければならないこと、子どもたちの心の糧として培って欲しいことを、一緒に見つめ、一緒に探す日々を大切にしていただけたらと願っています。
荒谷 出:こども園宗教主任