「わたしは道であり、真理であり、命である。」
ヨハネによる福音書 14:6
ヨハネによる福音書という、イエス・キリストの人生と意味を伝える4つある福音書の一つは、とてもユニークな書物です。マタイによる福音書と、ルカによる福音書は、イエスがどこから、何故人間の歴史に登場したのかを伝えるために、クリスマスの物語を伝えています。でも、ヨハネによる福音書には、そんな物語は見当たりません。代わりに、福音書の一番最初は、「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・」という謎めいた表現で始まります。そして、その言葉は肉(現実の形)となった。それがイエスなのだというのです。この聖書に使われている「言」とはギリシャ語でロゴスという言葉です。普遍的な真理、つまり神そのものを意味する言葉です。神が肉となったとは、その形を見ることによってしか、人間には神について知ることができない。つまり、人間の命の本質についても知ることができないという意味です。
ということは、ヨハネによる福音書にとっては、本当のことはイエスに出会うこと、イエスに従うことでしか理解できないということになります。そして、イエスは、自分と出会うためには、隣人を自分のことのように愛しなさい、痛んでいたり、悲しんでいる人に出会い、その人とどう関わるかが問われる時、それはイエス自身と向き合っているのだということです。
こども園でのこどもたちの関わり、先生たちとの関わり一つ一つも、そうしたイエスとの出会いの場です。自分のことだけでなく、お友だちの存在を喜び、またその気持ちを理解する心をこどもたちが育てていく時、それは、ヨハネによる福音書が言う、イエスと共に歩む経験なのだと思います。
(こども園宗教主任)