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2月 「光の子として歩みなさい。」

「光の子として歩みなさい。」

エフェソ信徒への手紙 5章8節


 

光の子として歩みなさいという聖書のメッセージは、どんなメッセージでしょうか?自分は光だとか、特別な能力を持っているのだなどと言うこととは全く違うのだと思います。自分は「光」、つまり「神様」に愛される子どもなのだと言うことだと思います。どんなに自分が嫌いでも、どんなに周りと違っていても、人にわかってもらえなくても、でも自分は神様に愛されている存在なのだと心の底で知っている時、人は様々なことを乗り越えていく力を与えられるのだと思います。そして、その心が人々の中にも存在する、神様の愛を浮かび上がらせるということなのです。

 

バングラデシュで知的障害を持った人々と暮らす施設のことを聞く機会がありました。ある時、ゴミ捨て場に捨てられて、長いことそこで一人で生きていた少女が入所してきたのだそうです。言葉もろくに話せないほど、人間社会から見放されて育ったその少女は、おそらく何度も、何度も暴力に晒され、繰り返しレイプされてきた様子でした。人を恐れ、ただ生きるために自分の心の壁を閉ざしていた彼女に、人々が最初にしたこと、またしなければならなかったことは、彼女の名前を決めること、そして誕生日を決めることなのだそうです。

 

少女を一人の人として認め、名前で呼ぶこと、お誕生日をみんなでお祝いすること、それが少女の心の中に、少しずつ愛されていることへの自覚、自分の心を開くことへの安心を芽生えさせ、長い年月をかけて、初めて彼女は、笑うことができるようになったそうです。愛することは、その人を生かす力を持っていると思います。光として歩むとは、その人を生かすこと、その人を愛することなのだと思うのです。                           

 

こども園宗教主任 荒谷出