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今月の聖句 2月
「私は弱い時にこそ強いからです。」
コリントの信徒への手紙(2)12:10
私たちの世界には不条理が溢れています。優しい人がいつも傷つけられたり、理不尽な不公平がそこら中に見られたり、争いばかり続く世界では、罪もない人々が命を奪われたり、貧困や差別に苦しめられたりと、数えたらきりがありません。
そして、そうした不条理を説明するために、偽りの正しさや強さが正当化されたりします。人間の世界はいつもそんな言い訳を繰り返して今に至るような気がしてなりません。
聖書の中には逆説(パラドクス)が頻繁に語られます。
「最も小さなものが天の国に最初に入る。」「後の者が先に、先の者が後に」などなかなか理解に苦しむ教えです。今月の聖句「私は弱い時にこそ強い」という聖パウロの言葉も同じです。弱い時に強いってどんなことでしょうか。イエスは自身の自らの生き方を通して、このパラドクスを示されました。十字架の上に無残に殺され、すべての人に見捨てられ負けた時、実は勝利していたのだと聖書は語ります。
尊厳について研究しているヒックス教授が、「尊厳とはすべての人が例外なく持っている価値であり、そして弱さ」だと言っています。その尊厳について理解する時、人は新しく生きる力を得ることができるのだと語っています。つまり、人間は必ず弱さ(傷つきやすさ)を持っていて、その弱さを理解し受け入れた時に、本当の心の力が与えられるのだということです。
クリスマスが終わり、もうすぐキリストの復活を祝うイースターの季節がやってきます。その前に、教会は人間の愚かさ、弱さ、傷つきやすさをふりかえるレント(受難節)という季節を過ごします。自分も他者と同じように傷つきやすい弱い存在だと知り、他者のそうした弱さや痛みに気づくことができた時、人は本当の心の平和(力)、優しさを手にいれることができるのだと気づかされます。子どもたちがそんなやさしさを心の中に育てていってくれることを願ってやみません。
こども園宗教主任
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