今月の聖句 11月
「神は愛です」
ヨハネの手紙Ⅰ 4:16
愛という言葉はなかなか素敵ですが、同時にとても曖昧な言葉です。聖書に神は愛であるとか、隣人を愛しなさいと書かれている時、具体的にどのようなことなのでしょうか。他の聖書の箇所で、イエスは「大切なのは信仰と希望と愛である」と教えている箇所は有名ですが、それに続けて、「そのうちで最も大切なのは愛である。」と付け加えています。それでも、愛っていったい何なのかという問いは残されたままです。
フランシスコ・ザビエル率いるイエズス会の宣教師たちによって、日本に初めてキリスト教が伝えられた当時、日本になじみのない神様の「愛」について、日本語でどう伝えたらよいのか悩んだ伝道者たちは、「神の愛」を「神の大切」というふうに訳したそうです。神様が愛であるということは、神さまは私たち一人一人を大切にしておられるということと同じなのだと思います。愛するとは、大切にするということと同じなんだという理解がそこにはあります。カウンセラーであったある牧師の友人は、「愛するということは聴くことと同じなんです」というお話をしてくださったことがあります。愛するとは自分の向き合う人のことを頭と心の全身全霊でもって受け止める姿勢、つまりその人の思いに心を開いて聴くということだし、カウンセリングの基本もそこにあるのだというお話でした。
まずその人の思い、気持ちを自分のこととして受け止め、それを理解しようと努めること、つまり「聴く」という行為はその人を「大切にする」ということと同じです。だからそれはその人を「愛する」ということでもあるのです。
こども園に集まる子どもたちが「愛する」ことを学ぶのは、自分が大切な存在であるということを心の一番深いところで感じられるかどうかにかかっています。それはご家庭での親子関係も夫婦関係でも同じであろうと思います。大切にされていることを知る時に、はじめて私たちは同じように自分の向き合う他者をも大切にする心を育てることができるのだと思います。
共愛学園こども園の教育の礎がまさにそこにあることを、保育者もご家庭も共に理解し、こどもたちを大切に育てていくことができますように、心より願っています。
こども園宗教主任 荒谷 出

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